Apple Watchをつけると、歩数や心拍、睡眠の記録が残る。Apple Watchの身近な機能にも、センサーの信号から意味のある情報を取り出す仕組みが使われています。手首で測れる範囲には限りがあるのに、どうやって眠りの状態まで記録できるのでしょうか。[1]

手首で測った信号を、健康の記録に変える

Apple Watchは時計の表示だけでなく、加速度センサーで動きを、光学式心拍センサーで手首の血流に伴う光の変化を捉えます。運動量の記録では腕の動きや加速度を使い、ワークアウトでは心拍やGPSなども組み合わせます。装着の緩さや動き方によって、得られる記録は変わります。[2]

ただし、センサーが直接「深い眠り」と答えてくれるわけではありません。Appleの技術資料は、手首の加速度に含まれる体動や呼吸に伴う微小な動きから、睡眠段階を推定する方法を説明しています。医療機関の睡眠検査では脳波を測ることもありますが、Apple Watchは脳波を測っているわけではないのです。[3]

歩数、心拍、睡眠段階、睡眠時の呼吸に関する指標は、それぞれ別の方法で作られます。すべてが同じやり方で計算されているわけではないのです。

同じデータを、3つの視点から見てみよう

同じデータを見る場合でも、推定の確かさを調べるのか、推定する仕組みを作るのか、健康や医療にどう役立てるかを考えるのかで、問いが変わります。ここでは「データサイエンス・統計」「AI・機械学習」「生命・医療情報」の3分野から見てみます。

健康記録を、推定の確かさ・推定の仕組み・利用する目的の3方向から考える。
健康記録を、推定の確かさ・推定の仕組み・利用する目的の3方向から考える。

統計の視点:どのくらい確かな記録なのか

例えば、睡眠の記録を100区間に分け、そのうち90区間は眠っていたとします。すべてを「睡眠」と答える仕組みでも、正解は90区間。正解率は90%ですが、起きていた10区間は一つも見つけられません。これは評価の考え方を示す架空の例です。「全体で何%合ったか」だけでは、記録の得意・不得意は分からないのです。

そこで、睡眠検査で「覚醒」と判定された区間のうち、時計も「覚醒」とした区間はどれくらいかを調べます。「深い眠り」を「コア」と取り違える場合も分けて数えます。こうして、検査による判定と時計の推定を縦横に並べた表が混同行列です。名前は難しく見えますが、「何を何と間違えたか」が分かる成績表です。Appleの技術資料にもこの表が載っています。[3]

もう一つ大切なのは、人による違いです。たとえば一人の30晩分と、30人の一晩ずつでは、同じ30晩でも確かめられることが異なります。平均ではよい結果でも、特定の人や条件でずれが大きいかもしれません。Appleの検証も、全体の成績に加えて参加者ごとのばらつきなどを調べています。[3]

「何を基準に正しいとするか」「どんな間違いが残るか」「誰の記録で確かめたか」。こうした問いを、表やグラフ、確率の考え方で調べるのが「データサイエンス・統計」分野です。

AIの視点:限られた信号から、どう推定するのか

時計のセンサーから届くのは、「レム睡眠」という言葉ではなく、手首の動きを表す数値の並びです。Appleの公開資料では、加速度の記録を使い、30秒ごとに覚醒・レム・コア・深い眠りへ分類する方法が説明されています。学習には、時計の記録と、同じ時間に行った睡眠検査などの判定を対応づけて使います。[3]

このように、入力するデータと、手がかりとなる答えの組を使って、分類の仕方を学ばせます。単に「動いていなければ睡眠」という一つの規則にすると、起きたまま静かに横になっている時間も睡眠に見えてしまいます。細かな動きの変化から区別できるかが、難しいところです。Appleは2025年の更新でも、こうした静かな覚醒の判定を改善したと説明しています。[3]

できあがった方法を試すときには、学習に使っていない人の記録を使います。同じ人の記録を学習と評価の両方に入れると、その人に固有の特徴を覚えただけでも、よい成績に見えることがあるからです。Appleの資料も、開発用と検証用で参加者を分けたと記載しています。[3]

大学で似た課題を扱うなら、まずセンサーの記録と正解データをそろえ、分類方法を学習させ、未知の人の記録で間違いを調べる、といった研究が考えられます。入力する信号や学習方法を変えると、どの取り違えが減るか。時計の中で動かすには、計算量をどのくらい抑えられるか。こうした仕組みの設計が「AI・機械学習」分野の学びです。

医療情報の視点:その記録を、何に使えるのか

生活習慣を振り返るための記録と、病気に関する判断を支援する機能では、求められる検証や利用条件が異なります。Appleの睡眠段階の技術資料も、この推定を臨床用途のためのものとはしていません。[3]

一方、「睡眠時無呼吸の通知」は、眠っている間に呼吸が止まる病気の兆候に気づくための別の機能です。日本で医療機器として承認されたこの機能は、手首の動きから呼吸の乱れを捉え、複数の夜の記録をもとに、中等度から重度の睡眠時無呼吸の兆候を知らせます。病気かどうかを診断するものではなく、受診を考えるための情報です。使える年齢などの条件もあります。[4]

機能を人々の健康に役立てるには、「うまく推定できそう」という段階から、もう一歩進む必要があります。どのような人や状況で確かな結果が得られるか、見逃しや誤った通知がどのくらいあるか、その情報を受け取った人が適切に行動できるか。使う目的に照らして、根拠を積み重ねることが大切です。

医療機器として提供する機能には、国や地域の制度に沿った審査などの手続きも必要です。日本では機器の性質やリスクに応じて承認・認証・届出に分かれます。一般的な健康記録の機能すべてに、医療機器としての承認が必要というわけではありません。[5] Apple Watchでも、機能ごとに対応する機種や国・地域、使う人の条件が異なります。[6]

精度を確かめることと、安全で役立つ使い方を考えること。その両方を結びつける点に、「生命・医療情報」分野の難しさと面白さがあります。

推定する仕組みと、使う場面を一緒に考える

例えば、ある条件で睡眠の推定がずれやすいなら、統計で誤差の傾向を調べ、機械学習で推定方法を検討し、そのずれが利用目的にどの程度影響するかを医療情報の視点から考えます。最後に結果を画面へ表示するだけでなく、分からないことをどう伝えるかも設計の対象です。

この3分野のほかにも、データの保護には「セキュリティ」分野、記録の保存には「データベース・Webサービス」分野、表示や操作には「HCI・情報デザイン」分野が関わります。

大学選びでは、題材と学びたい方法を分けて考えよう

医療や健康のデータを扱うには、統計、機械学習、センサー、医療の知識など、さまざまな分野からのアプローチが可能であり、協力も必要です。大学を探す際には「医療」という言葉だけで絞らず、データの確かさを調べたいのか、推定の仕組みを作りたいのか、医療の場で役立てたいのかを考えてみましょう。

そのうえで、専門科目・演習・研究指導の内容を確認することが大切です。例えば統計学や信号処理から健康データへ進む学び方も、生命・医療の課題から情報技術を学ぶ進み方もあります。

参考文献・注釈

  1. [1]
    この記事の説明は、Appleの公開資料による機能の紹介と、tojihubによる学び方の整理です。3つの視点はAppleの公式分類ではありません。冒頭のイラストはtojihubによるAI生成画像、3視点の図はtojihubが作成した説明図です。 本文へ戻る
  2. [2]
    Apple「Apple Watchの心拍センサー」「運動量計測の精度」。光学式センサーの原理、利用するセンサー、装着や動作の影響を参照。 本文へ戻る
  3. [3]
    Apple「Estimating Sleep Stages from Apple Watch」。入力信号、睡眠段階の推定、開発・検証データの分離、状態別の評価、利用目的を参照。 本文へ戻る(1) 本文へ戻る(2) 本文へ戻る(3) 本文へ戻る(4) 本文へ戻る(5) 本文へ戻る(6) 本文へ戻る(7)
  4. [4]
    医薬品・医療機器の審査などを担う公的機関、医薬品医療機器総合機構(PMDA)「睡眠時無呼吸の通知プログラム・添付文書」。使用目的、対象者、動作原理と注意事項を参照。 本文へ戻る
  5. [5]
    医薬品医療機器総合機構(PMDA)「医療機器のクラス分類と承認・認証・届出」。機器によって必要な手続きが異なることを参照。 本文へ戻る
  6. [6]
    Apple「watchOSで利用できる機能」「睡眠時無呼吸の通知について」。利用できる国・地域と機種・対象者などの条件を参照。 本文へ戻る